暗闇に光を。

サラリーマンを中心に、日本人について知るために、ブログを書いています。

人が人の生きる意味を探っていくことの尊さと限界

      人生の価値観を変えることは簡単ではない。

       それは、積み重なった人格のようなものだから。

 

東田さんが語られた上のことばに心が捕らえられた。

 

自閉症の僕が跳びはねる理由

 

本当にそうだよな、って思った。

スッと心に入ってくる言葉を持っている人が正直羨ましい。

 

私は、自分の言葉に確信が持てないでいる。なぜなら、次の瞬間には心が移り変わっていることが多いから。

 

自分の価値観が変わって、世界に光が灯ったような経験がある。

けれど、また闇の中にいつも戻されていく。鉄に出来た錆のように、いくら拭き取っても、時間とともにまた錆びていく。また、無数の価値観に翻弄されて自分が保てなくなっていくのも感じる。

 

考えることを放棄して、漂って来る波に身を任せるのが一番楽なんだろう。けれど、本物の幸せとは逆方向に流されていることを知るのは、いつも遠くに流されていってから。

 

 

人は一日では変わらない。日々の積み重ねがその人を作っていく。

だけど、もはやどこに向かって漕ぎ出せばいいのか分からないでいるのも事実だ。

 

 

ポストモダン。絶対的真理などない時代。すべての価値は相対的に決められていく。一人一人が"人生の価値"を見つけなくてはならない。流されるか、求め続けるか。

 

でも、価値ってなんだろう。そもそも人の人生に価値なんてあるのだろうか。でも、人は価値を見出さないと生きていくことができないことを知っているから、自分の価値を見失っていく社会の中で、多くの人が価値を示してくれているのだろうか。

 

人として生きたい。ただそれだけなのに、それが見えない。