暗闇に光を。

サラリーマンを中心に、日本人について知るために、ブログを書いています。

友だち

 

友だちが欲しくてずっと悩んだ。

心が通じ合えるような理想の友だち像があった。けれど、それにぴたっと合う友だちは現れなくて、そうでない人たちを見下すようになった。友だちはぼくの周りから消えていった。孤独を感じるようになった。孤独が恐かった。しだいに、孤独に慣れていった。 孤独が好きになった。けれど、また寂しくなった。そして、友だちを再び欲するようになった。けれど、もう周りのグループは出来上がっている。私は、浮いている存在だった。

 

大学、親友を欲した。普通の友だちでは満足出来なかった。誰かと特別な絆で結ばれたかった。交友関係を広げた。慕われるようになった。キャラが喜ばれるようになった。誘われるようになった。けれど、無理しているようで、心は疲れていった。そして、気付けば、また一人になっていた。学校の帰りの坂道を、一人で歩くとき、涙がこぼれることもあった。そんなときは、イヤホンを取り出して、音楽を聴きながら、自分の世界に浸った。センチメンタルな自分をどこかで愛しながら。

 

本当に一人だった。心は常に孤独だった。だから、自分とともにいてくださる御方がいる、という賛美は私の心の拠り所となった。私は、そのとき慰められることの意味を知った。

 

「翼のない鳥」

www.youtube.com

    何より大切なものは何だろう。あなたと歩めるだけで、それだけでいい。

 

月日が経ち、私には大切な友だち、家族が与えられた。時々、私はこんな幸せを受けてもいいのだろうかと思うときがある。私に彼らの友としての資格があるのだろうかと悩まされる。恐くて逃げてしまいたくなるときがある。失うことを恐れて、距離を取ってしまうこともある。

 

けれど、何より大切な友が私にはいることを忘れてはならない。最高の友は、イエス・キリストだ。私がどれだけ友にふさわしくない行動をしても、キリストは私を見捨てない。そして、友に見捨てられる失望を味わわれたキリストは、友に見捨てられた人の心を慰めてくれる。

 

私は、神なる主に嫌われることを恐れる。けれど、キリストの愛はこの恐れを打ち消してくださる。そして、私も友の恐れを締め出すように、友を愛する者へと変えられていく。

 

        愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。

             なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。

            恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

                             Ⅰヨハネ4章